このレポートでは、「日本の政治を 本当に動かしているのは誰なんだろう? 」という、多くの人が一度は考えるかもしれない疑問について、一緒に考えていきます。選挙で選ばれた政治家でしょうか?それとも、国民全体でしょうか?実は、「官僚、特に 財務省 という役所が、大きな力を持っているのではないか?」という見方があります。
日本のお金の発行の仕組みは「 管理通貨制度 」といって、政府と日本銀行が、世の中に出回るお金の量を管理しています。この仕組みを考えると、財務省の役割や影響力がどうなっているのか、今の日本の経済や社会の問題と照らし合わせながら、この疑問を掘り下げていきます。
「 ザイム真理教 」なんて言葉を聞いたことがあるかもしれません。これは、財務省が進める「国の支出はできるだけ抑えるべきだ(これを 緊縮財政 といいます)」という考え方が、まるで絶対的に正しいことのように、国民や政治家、メディアにまで広まっている状況を指すことがあります。でも、本当にそうなのでしょうか?自国のお金(日本なら円)を発行できる国が、その借金で破綻する(お金が返せなくなる)ことは、基本的にありえません。この大事な点を、財務省が意図的に隠したり、違うように説明したりすることで、国のお金の使い方が歪められ、日本経済が長い間元気がない状態になっているのではないか――このレポートでは、そんな 深刻な疑い について、データを元にしながらも、わかりやすく解き明かしていきます。
日本国憲法には、国の政治の最終的な決定権は国民にある(これを 国民主権 といいます)と、はっきりと書かれています。でも、もし財務省が、その強い権限や情報をうまく使うことで、事実上、国の重要な決定を左右し、国民や選挙で選ばれた国会議員の声を十分に反映させていないとしたら…。憲法に書かれたこの 大切な原則が、形だけ のものになってしまっているかもしれません。「国民の厳粛な信託」(国民が政治を託すという重い約束)も、もし権力を持つ人がきちんと説明する責任を果たしていなければ、空しい言葉になってしまいます。
このレポートの目的は、「財務省が、管理通貨制度というお金の仕組みを無視したり悪用したりして、間違った経済の考え方(例えば、景気が悪いのに国の支出を増やさない、国の借金が多いから大変だと過度に煽るなど)を国民や政治家に押し付け、 まるで絶対的な権力者のように振る舞っているのではないか? 」という見方が、どれくらい本当なのかを明らかにすることです。
そのために、まず憲法で定められた国のあり方と、今の日本の「現実」がどう違うのかを見ていきます。次に、官僚や財務省がどうやって力を持っているのか、その仕組み(例えば、金融庁など他の役所の人事や、OBたちの再就職先、メディアへの影響力、そして税金の調査権や予算を決める権限が持つ本当の力など)を分析します。さらに、消費税の問題、アベノミクスという経済政策、コロナ禍での対応、日本銀行の金融政策といった具体的な例を取り上げ、それが「管理通貨制度」の考え方から見てどうだったのかを検証します。そして最後に、日本の民主主義と経済をより良くしていくために、 何が必要なのか を考えて提案します。
日本の政治のルールブックともいえるのが「 日本国憲法 」です。この憲法の一番大切な考え方の一つが「 国民主権 」、つまり「国の政治の最終的なあり方を決める力は国民にある」ということです。憲法の前文(最初の部分)には、「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し…ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」と書かれています。これは、私たち国民が主人公だ、という宣言ですね。
そして、国民の代表者で構成されるのが「 国会 」です。国会は「国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である」と憲法第41条で定められており、法律を作ることができる唯一の場所です。私たちは選挙を通じて国会議員を選び、その国会議員が国会で話し合って国のルールを決めていく、これが「 議会制民主主義 (または代議制民主主義)」の基本的な仕組みです。
国会で決められた法律や予算に基づいて実際に政治を行うのが「 内閣 」です。内閣総理大臣をトップとする内閣は、国会に対して責任を負い(憲法第66条)、各省庁(例えば財務省や外務省など)の官僚組織を指揮して、国民のための仕事を進めます(憲法第73条)。
下の図1は、憲法が示している、こうした理想的な国の仕組みと、私たち国民の主権がどのように政治に繋がっていくのかを簡単に表したものです。
図1: 憲法が定める統治機構と主権の流れ(理想)
憲法には「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」とも書かれています。これは、 政治家や官僚は、国民から信頼されて仕事を任されている のであり、その仕事の結果(福利)は国民が受け取るものだ、という意味です。
しかし、この「国民の信頼」が揺らぐような事態が起きているのではないか、というのがこのレポートの問題意識です。特に、国のお金の仕組みである「 管理通貨制度 」が、国民に正しく理解されないまま、あるいは意図的に無視されて、国の経済政策が決められているのではないか、という点です。
例えば、「 国の借金が大変だ! 」「 このままでは財政破綻する! 」「 将来世代にツケを残すな! 」といった言葉をニュースなどでよく耳にしませんか?これらの言葉は、国民に不安感を与え、「だから消費税を上げなければならない」「だから国の支出を減らさなければならない(緊縮財政)」という結論に導こうとします。しかし、日本のように自分でお金(円)を発行できる国は、自国通貨建ての借金(国債)で破綻することは、 原理的にありえません 。必要な時には日本銀行がお金を供給できるからです(もちろん、無制限にお金を発行すれば急激なインフレ=物価の急上昇、という問題は起こりえますが、それは「破綻」とは別の問題です)。
それにもかかわらず、このような「財政破綻論」が広まり、国民がそれを信じてしまうと、本当は経済を良くするために必要なお金の使い方(例えば、教育や科学技術への投資、国民への給付金など)ができなくなってしまいます。国のトップの発言が、こうした誤った認識を広めてしまうこともあります。例えば、かつて「日本の経済状況は、財政破綻したギリシャよりも悪いかもしれない」という趣旨の発言がなされた際には、国内外から多くの批判を受け、日本の信用を大きく損なう結果となりました。これは、国民から託された権力を持つ者が、 正確な情報に基づいて説明する責任(アカウンタビリティ) を十分に果たしていない例と言えるかもしれません。